防災ノート_311を忘れない_高等学校
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第三章防災対策(稲むらの火の館ホームページから作成)(わかやま絵本の会より提供  更に、濱口梧陵は被災後、百年後に再来するであろう津波に備え、巨額の私財を投じ、海岸に高さ5m、長さ約600mの広村堤防(防波堤)を築いた。安政南海地震から92年後、昭和の南海地震が発生し、高さ4~5mの大津波が広村を襲ったが濱口梧陵が築いた広村堤防は、村の大部分を津波から守った。 「稲むらの火」からは、災害発生の際には迅速に判断して行動することの重要性などを学ぶことができる。作者:藤井博之)への引き渡しという第三次避難の3段階で行われる。[第一次避難] 揺れがおさまったら、足と頭を保護しながら、校庭などの安全な場所へ徒歩で避難する。押したり走ったりせず、落下物や散らばっているガラスに注意し、負傷者がいる場合は助け合って移動する。[第二次避難] 第一次避難の後、火災や津波、土砂崩れ、ガス爆発などで校庭が危険になった場合は、空き地や公園、高台などへ徒歩で避難する。足と頭を保護し、狭い道やビル、看板の下は避けて、できるだけ広い道を選ぶ。人数と安否を確認し、負傷者に応急措置を行う。●防災訓練や避難訓練の必要性 地震発生時の被害を最小限にくい止めるには、迅速で的確な防災活動が大切であるため、東京都では合同防災訓練などの実施を通して、区市町村や関係防災機関、都民との協力体制を強化している。 防災訓練や避難訓練は、災害発生時に安全に避難できる態度や能力を養い、実際の体験を通して実践的な理解を深めるために実施される。特に地震は突発的で予測できない自然災害であるため、様々な場面における危険の回避や避難の方法について理解し、状況に応じて安全に行動できる能力を養うためにも防災訓練や避難訓練が欠かせない。 東日本大震災を踏まえ、各地で防災訓練や避難訓練の見直しの取組が進められている。学校における避難訓練や防災訓練等についても、想定時間や場面、災害の設定などを見直し、形式的、表面的な訓練とならないよう緊迫感、臨場感を持たせる取組が進められている。応急救護訓練都立特別支援学校では、障害のある幼児・児童・生徒が、災害時に適切な行動がとれるよう、火事や地震等を想定した避難訓練を年間11回以上実施している。平成28年度は、一泊二日の宿泊防災訓練を33 校で実施するとともに、「特別支援学校宿泊防災訓練検討委員会」において訓練の実施における成果・課題を検証した。平成29 年度から、この検証結果を基に、全ての都立特別支援学校で実施している。断水を想定したプール水運搬東京都総合防災訓練●都立学校の実践的な防災訓練・避難訓練 [都立高等学校] 都立高等学校及び都立中等教育学校では、様々な時間や場面、状況を設定した年間4回以上の避難訓練・防災訓練の実施と、定時制・通信制課程を除く全ての高等学校等を対象とし、地域公共機関や防災関係機関及び地元小・中学校、自治会、町内会等と連携した防災訓練を実施している。また、平成26年度から「防災活動支援隊」を全校で編成し、生徒が自校の防災活動に主体的に関わるとともに、地域等で実施する防災訓練への参加及び運営補助などを実施している。このような取組により、自校の防災と近隣住民の安全を支える高い社会貢献意識と実践力をもつ人間の育成を行っている。[都立特別支援学校]『稲むらの火』 「稲むらの火」で知られる濱はまぐち口梧ごりょう陵は、安政の大地震津波の際、その命の火で多くの村人を救った功績は、現代に通じる津波防災の象徴として広く語り継がれている。 安政元年(1854年)、安政の大地震津波が広村(現在の和歌山県広川町)を襲った。この大津波が襲った際、濱口梧陵は、暗闇の中で逃げ遅れていた村人を、収穫したばかりの稲を積み上げた「稲むら」に火を放ち、この火を目印に村人を誘導して安全な場所に避難させた。91

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